この本はぼくのバイブルだった
中島義道の著作と出会ったのは、そう30歳くらいだったのではないかと思う。最初に読んだのは『うるさい日本の私』だった。無意味なアナウンスに徹底抗戦するアタマの逝かれた哲学者。それが中島義道だった。でも、その書いていることには共感できる自分がいた。少数派を自認し、その自分たちが多数派に脅かされずに生きていけることだけを目指している人。絶対に多数派に組しない人。ただ少数派でいることを認めさせたい人。厄介だけど、自分の中に同質が宿ることをぼくは直感していたのかも知れない。
中島義道の本はほぼ全部読んだ。というのは嘘だが、大半は読んだと思う。その中で自分に影響を与えた本と言えば、『人生を半分降りる~哲学的生き方のすすめ』である。この本は何冊も買った。持ち歩いていつも読んでいたので、失くしたり、擦り切れたりしたからだ。ぼくが会社員を辞め、自分の会社を興したのも、苦しくても一人で社会を泳いで生きていくことを決めたのも、この本によるところが大きい。40代の頃、ぼくは既に麻布十番にオフィスを構えて、若いスタッフを何人か雇用していた。そのとき、ぼくはスタッフにはこの本を一冊ずつプレゼントしていたのである。それくらい、ぼくには大事なことが書いてある本なのである。
自分の時間を取り戻せ
この本は面白い。古今東西の様々な哲学者や思想家、文学者の言を引いて、様々なことを教えてくれる。しかしだからこそ話は取っ散らかり、大事なメッセージを見失う人も多いだろう。改めて、この本で著者の中島義道が最も伝えたかったメッセージをぼくなりに切り取ってみよう。
自分の時間を取り戻せ。
社会や会社や他人のため、
未来のため、地球のため、
そんなことのために時間を使ってはいけない。
自分の生と死を見つめ、
そのことを考え抜くことのために
時間は使うべきだ。
なぜなら、あなたはもうすぐ死んでしまうのだから。
ぼくたちはいずれ死んでしまう。もしかすると今日、あるいは明日、死んでしまうかも知れない。しかし、ぼくたちはそうした現実から目を背けて、(哲学的生き方からすればどうでもいい)世界のことや会社のことや地球環境のことを日々考えていたりする。もっと卑近な例を引けば、自分が担当しているクライアントの商品の機能強化のことや、あの広告媒体をもっと安く買えるルートはないか、あるいは、今夜飲むビールはプレミアムモルツにするか黒ラベルにとどめるか、など、ぼくたちは常に日常生活に囚われている。
中島義道は、公的なこと、世の中で尊いとされる仕事、尊敬される仕事からは悉く距離をおくことを勧めている。それが最も哲学的生き方から遠いからである。そしてその自らの主張を強化するために、たくさんの先人の言を引く。
諸君は今にも死ぬかのようにすべてを恐怖するが、いつまでも死なないかのようにすべてを熱望する。
セネカ『道徳論集』
あらゆる人間はあらゆる時代と同様に、今でもまだ奴隷と自由人に分かれている、なぜなら、自分の一日の三分の二を自分のために持っていないものは奴隷であるから。そのほかの点では、たとえ彼が政治家・役人・学者など何者であろうとしても同じことである。
ニーチェ『人間的、あまりに人間的』
この本のメッセージはぼくには極めて鮮烈だった。正直な話、広告代理店でサラリーマンなんかしているうちに死んでしまったら大変だと思ったのである。広告代理店に限らず「代理店」というのは何等かの「代理」である。上記のニーチェの言葉をマジメに読めば、他人の仕事を代理することを自分の仕事にする、というのは(哲学的生き方という観点からすると)極めて愚かとしか言いようがない。最初から奴隷の道だからである。それがどんなに高名なクリエイティブディレクターであれ、マーケティングコンサルタントであったとしても、である。
そして、ぼくは35歳のとき、広告代理店を辞めた。ではぼくは自由人になれたか。いい質問だ。いや、結構嫌な質問でもある。ぼくはぼくの人生を自分で歩んでいる、それは事実だ。ぼくはぼくの時間を自分でどうするか決められる。もちろん生きていくための糧を得ることは大事なことで、そのためにぼくは、ぼくの判断で自分の時間と労力を費やす必要がある。でもぼくの人生には、ぼくに訳の分からない指示をする人はいない。こんなこと意味あるのか、と思うクソのような仕事をせよ、という人はいない。それは事実だ。なぜなら、ぼくは自分がやりたい仕事をできるからだ。
自分のための自分の時間を生きる
ぼくは哲学的な生き方をしたい。常識(とされている固定観念)に縛られて、「そんなものだ」と疑わずに生きていくことはしたくない。常に、自分の心の声を聴いて、それに可能な限り従って、全力で思考し、全力で決定し、全力で実行していく。ぼくの人生はぼくのものであり、誰のせいにもできないのだから。ぼくは自分の心に従い、自分の人生をよりよく生きていきたいと思う。
ぼくはもうすぐ死んでしまう。
だから毎日を全力で生きたい。
やりたいことを明日に延ばさない。特に遊ぶこと。あるいは旅すること。別の言い方をすればこんな感じかも知れない。
日常を非日常にすること
日常を旅にすること
それはありふれた日常を陳腐なものにしない、限りある時間を輝かせるために絶対に必要なポリシーだと思う。こう書いてきてやはりぼくはBMW Motorradに惹かれる訳が腑に落ちた。
Make Life a Ride
人生を、旅するように生きる。
ぼくはそうする。みんなも自分の人生の一分一秒も無駄にせず、輝かせるような哲学的生き方をしような。